本のはなし

生きるのも死ぬのも辛い人に読んでほしい本:中島義道「カイン」

2020年5月13日

こんにちは、もとみんです。最近はウイルスで自粛が続いていますが、これはやはり絶好の読書日和であろうということで、久々に積読を手にとっています。

今日は前々からずっと気になっていた、中島義道さん著「カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ」についてのニッチ視点のレビュー・感想を書いてみようと思います。

 

今回おはなしする本はコレ!

 

中島義道さんをご存じですか?

ところで、みなさんはこの著者の中島義道さんをご存じでしょうか?

 わたしはあるサイトで中島氏の書評を見かけて初めてその存在を知りました。その書評の文章が超絶面白かったので、これは気になる!読んでみよう!と思ったんです。

中島義道さんは現代の哲学者なんですよね。わたしはこの本を読む前にほかの本を先に読んだのですが、そちらの本は語り口がめちゃくちゃおもしろくて、何度も笑いをこらえました!

とはいっても、一般受けするカンジではなく、厭世的でブラックユーモアたっぷりに人間を斬っている、といったかんじ。風刺とかブラックユーモアが好きなかたならフィットするんじゃないかな?と思います。

わたしは芥川龍之介が好きなんですが、この感覚はどうも、芥川龍之介の文章を読んでいるときと似てる気がします。彼もかなりニヒリストだけど、めっちゃ面白いのでおすすめです!

 

こちらの記事で芥川のおもしろい文章を紹介しています♪

 

「カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ」のあらすじ

この「カイン」という本なのですが、以下のようなあらすじ(?)になっています。手紙のような語り口でつづられているので、とても読みやすいです。

 

ぼくはすごく不幸な少年・青年時代を送ってきた。親や先生の「いい子」だったぼくは「自殺してはならない」と自分に言い聞かせ、強く生きようと決意し、長い間、修行してきた。

そして、30年間「なぜ生きるのか?」と悩んで見出したのは、「そのことを知るために生きるのだ」という回答だった。自らの苦い経験を振りかえりながら、いま不器用に生きるすべての読者に捧ぐ、「生き方」の訓練。

 

なぜメンタル弱い人にこの本がおすすめなのか?

わたしがこの本を読んだキッカケは、まず副題にあります。「自分の弱さに悩む君へ」…もうこの一言でやられた。そしてさらに気になったのは目次です。この本の目次は以下にようになっています。

 

  1. どんなことがあっても自殺してはならない
  2. 親を捨てる
  3. なるべくひとの期待にそむく
  4. 怒る技術を体得する
  5. ひとに「迷惑をかける」訓練をする
  6. 自己中心主義を磨きあげる
  7. 幸福を求めることを断念する
  8. 自分はいつも「正しくない」ことを自覚する
  9. まもなくきみは広大な宇宙の中で死ぬ

 

も~この文字の羅列を見るだけで気になりませんか!?

わたしはこの目次を見た瞬間に「読もう!」と決断してこの本を購入しました。だってこの文字列を見るだけで胸のつかえていた何かがスッととれる感じがしたんです。

それはどういうことか?

一言でいうと、この感覚なんです。

 

「もう頑張らなくていいよ?」

 

この世の中に生きてるひとって、たいがいの場合、頑張ってますよね。とくにメンタルが弱い人は、過剰に頑張っている感があると思います。これは仕事を頑張りすぎているとか、そういった意味ではありません。精神が過剰に働いているということです。

その状態が正しいか正しくないかのジャッジメントは置いておくとして、その過剰さが自分を疲弊させ、余計にメンタルがやられてしまうという…たぶん負のループなんですよね。

だから、この本から感じとれる「もう頑張らなくていいよ?」感が、すごく心地よかったわけです。

 

【超余談】FF7に描かれた「許し」

ここでちょっと余談ですが、ついこの間、2020年4月に「FINAL FATASY 7 REMAKE」というゲームがPS4で発売されました。

これはかつてPSで発売された同名作品のリメイクです。このFF7という作品はものすごくたくさん派生作品があるのだけど、そのなかに「FINAL FATASY 7 ADVENT CHILDREN」という映像作品があります。

この映像作品のなかで、エアリスという少女(すでに亡くなっている)が、メンヘラ超クールな主人公クラウドに対し、正にこのセリフをいいました。

「もう頑張らなくていいよ?」って。

クラウドはこれになにも答えませんでした。でも彼女は、クラウドの弱さを見抜いていたわけです。だからこそこのセリフを言える。

わたしはこれを見たとき本当に衝撃を受けたんですよ! ゲーム作品で、こういうテーマ性のセリフが出てきたことがすごいと思ったんです。

もちろんFF7以外にも重いテーマのゲーム作品はたくさんあります。

けど、この「もう頑張らなくていいよ?」は、FF7が主人公の精神面や存在そのものにウェイトをおいた「自分は何者か?」という主題をもつ作品だからこそ成立するセリフなので、なんかこう、精神性みたいなものを感じましたね。

 

頑張るのは、疲れる

しかし、現実の世界で「頑張らなくていいよ」と言ってくれる人って、一体どれだけいるでしょうか?

最近は個人主義が進んで自己責任論が普及していることもあり、「このくらいはやって当たり前」「うつは甘え」というような声もきかれます。

表立って「頑張れ」と言われていなくても、なんとなく「頑張らないと脱落する社会の空気」というものに取り巻かれて生きているように感じます。

 

頑張らないと自分は認めてもらえない。
頑張らないとみんなにおいつけない。
頑張らないと生きてる意味がない。

 

頑張るって、本当に疲れます。

それでもやっぱり頑張るわけだけど、「果たして頑張りどころって本当にそこなの?」という考えが脳内をめぐったりします。そして果てには、「一体なんのために自分は頑張っているのか?」という疑問が沸き上がるのです。

だからこそ、考えすぎて余計に疲れている人には、「もう頑張らなくていいよ」と言ってくれるこの本がおすすめなのです。

 

自分は誰のために生きているのか?

この本のなかではいろいろなことが語られているのだけれど、個人的に「これはすごい!」と思った部分があります。それは、親を捨てよう、の部分です。

この本では、親を精神的に殺さねばならない、といっています。これは、親が子供に期待をかけ、さまざまな足かせをはめるからです。たとえば「お母さんをがっかりさせないでね」とか「お父さんの事も考えてね」などと言うのは、行動を制限してコントロールすることにつながります。

たとえば、このような考え方についてどう思うでしょうか?

 

  • 「いい大学に入って、いい会社に就職するのが幸せだ」
  • 「親の顔をたてる(体裁を守る)ためにも、こうしておこう」
  • 「親孝行として親に孫の顔を見せてあげたいから、結婚して子供がほしい」

 

これらは世の中にふつうにある考えだと思いますが、主語が他人になっています。つまり、自分の人生を生きていないということがいえます。

もちろんこれは人によって賛否両論ある部分だし、おそらくジェンダー論と同等レベルに激論になる部分でしょう。特に日本ではこれらの考えは普通のものとして浸透しているので、おそらくそれから逸脱するほうが「おかしい」ことになります。

ところがこの本では、そこをズバリ斬っている。

 

親という生き物はとても鈍感なので、いま自分たちが結束して「やさしさ」という名の暴力によってきみを死の方向に着実に導いていることを知らないんだ

 

本書には、もっと過激な言葉で表現している部分がたくさんあります。一部の人にはかなり刺さると思うので、親の期待が重かったり、親のことを気にしてしまうというかたはぜひ読んでみてください。

ちなみにこの本では、「親を捨てなければ自分を救うことはできない」と帰結しています。

 

「孤独」と「他人への迷惑」

もう一つ「これは!」と思った部分があるのですが、それが「他人に迷惑をかけてはいけない」という考えについてです。これはとても面白い!と思いましたね。ここも文章にかなり皮肉がきいてる。

中島氏は、朝目が覚めて誰もいないと心が弾むのだそうです。ところが世間の常識としては、「人が充足感をおぼえるには親密な関係が必要不可欠なのだから、そんなはずはない。それなのに、この人は本心を隠して言い訳している。なんてかわいそうな人なのだろう」といった理解となるのだそう。

そして彼らは、そういった自分たちの考えとは異なる人間が、この世に生きているということを理解しないのだといいます。

中島氏いわく、「彼らはみんなと同じ濃淡で生きてことに疑問を感じない。だから体の隅々まで同じ濃淡に調教されたあと、人に迷惑をかけてはいけないと教え諭す」のだという。これは一言でいうと、同調圧力ですよね。

先日あるニュース記事を読んで、面白いなと思ったことがあります。日本では「出る杭は打たれる」のが普通という風潮があり、同じ高さに至らない低い杭もまた、ハンマーで殴られて打ち倒されるような雰囲気があるように思います。

ところが中国では正反対なのだそうです。中国は日本以上の学歴社会で、誰かが成功したら、羨んで足を引っ張るのではなく、その人を立てて立てて、自分もそのおこぼれをもらおうとするのだそう。これを読んで、なるほどな~と思いました。

もちろん、これが必ずしも正解というわけではないと思います。中国や米国のような日本以上の競争激化社会は、それだけ富を生むけれど、その分多大な格差をうみますよね。日本も今格差社会といわれていますが、たぶん海外よりはマトモでしょう。それは日本が、「同じ濃淡で生きるのが正解」といった風潮の社会だからですよね。

世界全体からすると、正直どれがいいとか、そんなふうに単純に語れるものではないように思います。

しかし日本で生きていて、この同調圧力には耐えられない…という人にとっては、やはり「人に迷惑をかけてはいけません(=他人と違う意見によって列を乱すのは論外である)」という考えは地獄であることに変わりありません。

では、この苦しみをどうやって解決するか?

 

本書では、

 

「絶対に人に迷惑をかけたくないなら死ぬしかない。しかし死ねば多大な人間に迷惑がかかるのでそれさえできない。つまり、誰しも生まれてきた以上は他人に迷惑をかけることをやめることはできない。これは運命なのだ」

 

と帰結しています。

 

誰だって生きている以上は他人に迷惑をかけている。なるべく迷惑をかけないように、というのはただのきれいごとだ、と。だから、同調圧力をしてくる側も、そうはいうけれど迷惑かけてるよね?ということなんですよね。

同調圧力に与しない限り、孤独は避けられない。けれどこの本では、それでも生きて戦え!と言うんです。いや、生きることによって戦え、ということなのかも。

孤独ってツラいものというイメージもありますが、よくよく考えれば戦闘スキルの高い人ほど孤独ですよね。ほとんどの人はそれほどの戦闘スキルをもたないから、誰かの力を必要として、結果的に群れることになる。

この考えからすれば、孤独な人は潜在的な戦闘スキルが高いといえそうです。戦って戦って戦い続けたら、目に見えて戦闘スキルを上げることができるのかもしれません。

 

あとがきが一番グッとくる

いまこの記事を書くにあたって一部読み直していましたが、後書きが一番グッときますね。

わたしはメンタルが弱い人にこの本をおすすめしたいと思うのですが、おもしろいことにこの本は依存できないようになっている。というのは、後書きで「目が覚める」感覚がすこしあるからです。

この本は答えを出しているようで、最終的にどう生きるかを問うているようにも思えます。こういう考え方があるけれど、さて、君はどうする?みたいな。

そんなわけで、本書がいいたいことと、わたしが感じたことには、おそらく大きく違いがあるとは思うのだけれど、個人的にはクスッと笑えて、それでも最後には考えさせられて、満足な一冊でした。

読む人によってさまざまな思考がうまれそうな本なので、よろしければぜひ読んでみてください♪

ではでは、また!

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